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当時の中日・落合博満監督、『優勝手記』交渉の舞台裏 中日球団幹部の“ガッツポーズ騒動”も…

落合博満

■2024.12.27 中日スポーツ


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落合博満監督、“ラストイヤー”に起きた中日球団幹部の『ガッツポーズ騒動』…上司に厳命された『優勝手記』、交渉の舞台裏
当時の中日・落合博満監督、『優勝手記』交渉の舞台裏 中日球団幹部の“ガッツポーズ騒動”も…

 世に言う「ガッツポーズ騒動」にも翻弄された。2011年、中日は一時10ゲーム差をつけられながら逆転優勝した。球団フロントは同年を限りに落合監督と契約更新しない旨を明らかにしていたが、まさかの結末となった。その途中、負けて球団幹部が喜んでいたという疑惑が持ち上がった。ただ、直接証言は得られておらず真相は今もわからない。当然記事にもしていない。

 そんな中、上司から「優勝したら監督の手記をとれ」と厳命された。自らアタックするしかなかった。怒り心頭の落合さんは「来なくていい」「断る!」とにべもない。遠征先の広島にアポなしで押しかけて交渉したがやはりダメだった。ところが優勝目前、諦めかけていたところに了解の返事が来た。「お前に恥をかかすわけにはいかんだろう」と。

 さてこの手記には、わずかだが、かつ慎重にガッツポーズ騒動を織り込んだ。それが意外だったらしく、ある新聞は「『このことを載せないなら手記は受けない』と半ば”恫喝”」だったと書いたが、それは違う。交渉過程で条件など一切なかった。

 一人称の手記は大方の評論と同様にこの時も聞き書きの形をとった。その中で、ガッツポーズのウワサが反骨心に火をつけたという旨の話が出た。意図的に削除すればそれは手記ではなくウソになる。上司とも相談した結果、そのまま掲載した。もしその部分を削除せよと命じられたら手記はお蔵入りさせるつもりだった。ガッツポーズの真偽はともかく、そんなウワサが流れるほど当時のフロントとの亀裂は深かった。

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当時の出来事です。

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