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戦後間もない頃…天知俊一さん「フォークってのがあるぞ」 杉下茂さん「どこでどう挟むのか」 天知俊一さん「知らねえ。とにかく挟め」

■2023.06.22 中日スポーツ



■2023.06.22 中日スポーツ

挟んで落ちる魔球でつながる…杉下さんへの弔い星あげた中日・高橋宏 認められる基準は“自在に操れるか”
戦後間もない頃…天知俊一さん「フォークってのがあるぞ」 杉下茂さん「どこでどう挟むのか」 天知俊一さん「知らねえ。とにかく挟め」

 戦前は野手だった杉下さんがようやく投手になったのが、今の高橋宏と同じ20から21歳の頃だった。フォークを知ったのは明大在学中の「22、3歳」。高校生にナックルを教えた帰り道に、天知俊一監督と歩いていた。「フォークってのがあるぞ」。つまりナックルは世に知られていたのに、フォークは未知の変化球だった。しかし情報は「挟む」と「落ちるらしい」だけ。どこでどう挟むのかを天知監督に尋ねたら「知らねえ。とにかく挟め」と言われたそうだ。

 「当時のブルペンは同じボールを2、3日は使っていた。ワンバウンドなんてもってのほかだから、ブルペンでは投げなかったんです

 動画どころか書籍にも「フォークの投げ方」などない時代。廃棄寸前のボールを壁にぶつけ、少しずつコツを覚えていった。苦労の末に身に付けたというのに、大学時代はたった1球、プロに入っても「1試合に5、6球」しか投げていなかったという。空振りするのがわかっているから、面白くなかったのだ。

 「僕はお目にかかることができなかったので、すごく残念です。(亡くなった時に)先輩方のコメントを読んで、すごい方だったのがよくわかったので

 1925年生まれの杉下さんと2002年生まれの高橋宏。ひ孫に近い年齢差を超えて、挟んで落ちる魔球でつながっている。彼が覚えたのは中京大中京高2年の時。「最初から落ちた」と振り返る。杉下さんが認める基準は挟み方ではなく、自在に操れるかどうか。高橋宏は5奪三振のうち3つを制御されたスプリットで奪った。死去が公表されて(16日)からようやくの弔い星。杉下さん、お待たせしました―。

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中日・祖父江大輔投手の大学時代の調査書「フォーク(大嘘)」 → 2022年ついに…中日・祖父江大輔投手「成長したなフォーク」


フォークボールの神様・杉下茂さん(97歳)「今の投手のフォークは『本物のフォーク』じゃない。 蝶みたいに不規則に揺れ、回転せずにストンと落ちるのが本物なんだよ」


こうして日本野球のフォークは生まれたようです。

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