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川崎憲次郎さん「今も忘れません」 2004年キャンプイン前日のミーティング、ナインを前に落合博満さんが中日監督として最初に語った言葉が…

落合博満

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川崎憲次郎が今も忘れない落合監督の「オレの仕事は選手のクビを切ること」発言と引退試合で流してくれた涙
川崎憲次郎さん「今も忘れません」 2004年キャンプイン前日のミーティング、ナインを前に落合博満さんが中日監督として最初に語った言葉が…

開幕投手に指名された理由
 落合さんはキャンプでのミーティングはなく、その代わりに練習に時間を費やしていた感じです。ただ、2004年のキャンプイン前日のミーティング、ナインを前に中日の監督として最初に語った言葉は今も忘れません。

オレの仕事は選手のクビを切ることだ!

 就任1年目、トレード補強もせず、前年と同じ戦力を鍛えて選手層の底上げをしようとしました。そんな落合監督からこうした言葉が飛び出し、我々選手たちは身が引き締まる思いでした。

 これは落合監督と私がお互いユニフォームを脱いでから聞いた話なのですが、2004年限りで私を引退させるのは最初から決まっていたそうなんです。しかし、どういう形でユニフォームを脱がせるのがいいのか。思えば2004年の1月2日、私は就任したばかりの落合監督から電話を受けました。

今年の開幕投手は川崎、おまえでいくから

 開幕戦を任せることによって、私のモチベーションを上げることが最大の目的だったということです。中日に移籍してからの私は、ケガばかりで戦力になれず、焦りもあったしモチベーションも下がっていました。その言葉をもらって、「もう一度やってやろう」と思ったのは言うまでもありません。

 ただこの年も結局3試合にしか投げられず、中日が優勝を決めた翌日(10月2日)、落合監督に呼ばれ、こう告げられました。

来年、中日はおまえと契約しない。辞めるか、他球団で続けるかだ。引退するなら、明日投げろ

 引退を決めた私は家族をナゴヤドームに呼び、10月3日、古巣・ヤクルト相手に引退試合をさせていただきました。古田敦也さん、宮本慎也、岩村明憲を三振に打ちとり、現役に別れを告げました。試合後、両軍ナインに胴上げをしてもらい、最高の野球人生を送ることができました。驚いたのは、クールな印象の落合監督が涙を流してくれたこと。落合監督の発する言葉はぶっきらぼうに聞こえますが、そこに至るまでの経緯があって、とても気遣いのこもった温かいものなんです。

 一見、対照的な野村さんと落合さんですが、いつも選手のことを第一に考えてくれるという点では同じでした。


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2004年シーズン開幕直前、当時の中日・川崎憲次郎投手「井端ちょっと話があるんだけど、ちょっと聞いてくれる? 俺、実は開幕投手なんだよ」 シロノワールを食べていた井端弘和選手「えーーーーーーーーー!?!?」


中日・山本拓実投手、川崎憲次郎さんからシュートについてのアドバイスを受ける → 川崎憲次郎さん「山本投手の今後が気になるところ」


川崎憲次郎さんが落合博満さんについて語ってくれました。

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