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中日育成ドラフト1位・日渡騰輝が「あの時がなかったら今の自分はない」と言い切ることが…

土生翔太と日渡騰輝
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■2023.12.23 中日スポーツ


■2023.12.23 中日スポーツ

幼少期から意志の強さ…中日育成1位・日渡騰輝 プロへと導いた父の教え「やるからには、トップを目指せ」
中日育成ドラフト1位・日渡騰輝が「あの時がなかったら今の自分はない」と言い切ることが…

 父・幸雄さん(46)の教えは「やるからには、トップを目指せ」。決して強要はしないが、息子たちが自ら「やる」と言い出せば、厳しくも全力で応援することにしていた。

 少しずつ練習に参加するようになった騰輝は、小3で本気で入団を考え出す。しかし、夏休み前に帯状疱疹(ほうしん)を発症すると、約1カ月間の入院生活を強いられた。「つまらない。遊びたい」。そんな気持ちが強くなり、一時は野球から気持ちが離れた。

 心を動かしたのは、海成さんだった。小5で野球を始めた兄は、遅れを取り戻そうと家の中でもひたすら練習。兄の姿を見て「俺もやりたい」。小4で決意を固め、自らの意志で野球人生をスタートさせた。当初から目標は「プロ野球選手」。父の教えを信じ、当たり前のようにトップを目指すようになった。

 力を伸ばす手助けをしたのは、幸雄さんが自宅に手づくりしたティー打撃用のケージだ。3兄弟で時にはけんかもしながら、暇さえあれば競い合うようにバットを振った。当時の監督、海老原裕介さん(53)は「騰輝の手は豆だらけ。他のチームメートの10倍くらいはバットを振っていたと思う」

 取手ヤングに所属した中学時代は、自宅から約20キロの練習場へ自転車で通った。「立ちこぎ禁止、ギアは3段、つま先こぎで」。体幹や下半身を鍛えるため、父から出された難題。正直にやり通すと、中学生で太ももは60センチに。数年後の強肩強打の捕手・日渡は、ここで土台がつくられた。

 厳しく鍛えられた幼少期に「あの時がなかったら今の自分はない」と言い切る。常に追いかけ続けた兄は、高校限りで野球に区切りをつけた。夢を託すように「おまえは絶対にプロに行ける」と言い続けてくれた。沸騰のようにふつふつと輝き続けられるように。名前に込められた願いのように、日渡家の希望の星としてプロの舞台で輝き続ける。

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