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中日・京田陽太、幼少期憧れた選手は松井秀喜さん「やっぱり地元のヒーローですから」 松井秀喜さん「京田君たちが遠くニューヨークまで観戦に来てくれたのは僕にとっても思い出深い出来事でした」

■2020.05.05 スポーツ報知

【中日】京田陽太、憧れた選手は松井秀喜さん「握手した手がすごく大きかった」


 京田には幼少期に強い憧れを抱いた存在がいた。「野球を始めたばかりの頃は、巨人にいた松井秀喜さんに憧れていました。やっぱり地元のヒーローですから」。国民栄誉賞も受賞した日本を代表するスラッガー。テレビ越しに見た松井氏の特大アーチは、今も鮮明に覚えている。

 それもそのはず。自身が生まれ育った石川・寺井町は松井氏の故郷・根上町に隣接。2005年に合併して能美市となった。松井氏は物心ついた時から身近に感じる存在だったが、京田が中学に入学する直前の07年4月、その思いは決定的なものになった。市の主催で松井氏の応援ツアーが開催され、地元の野球少年100人の中から陽太少年ら3人が当選。米国行きの機会に恵まれ、新設される前の旧ヤンキー・スタジアムを訪れた。

 現地では松井氏と初対面。「うれしかったですね。握手した手がすごく大きかった。(球場は)独特の雰囲気で圧倒されました。本場の野球は迫力がありましたね」。緊張のあまりどんな会話をしたかも覚えていないが、この出会いでプロを意識し、高校は青森へ野球留学した。プロへの道のりは必ずしも平たんではなかったが、努力を惜しまず、中日では新人王を獲得して1年目から遊撃のレギュラーをつかんだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大で球音が消えたプロ野球。開幕の日が来れば、今度は京田が子どもたちの心を引きつける番だ。

▼07年4月4日、ヤンキースタジアムの試合が雨で中止となったが、松井秀喜にサインをもらって笑顔を見せる京田


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■2020.05.05 長尾 隆広(スポーツ報知・中日担当)(@hochi_dragons_)さん | Twitter



中日・京田陽太の子供達への対応が優しすぎる… きっかけは憧れの鳥谷敬からの言葉「僕達は143試合やっているかも知れないけど…」


松井秀喜さんもニューヨークまで会いに来てくれた地元出身の少年がプロ野球選手になったと知った時は嬉しかったでしょうねぇ。次は京田選手が子供達に夢を与える番です…!

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