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元中日・小田幸平さん、遺書を残していた

小田幸平

■2020.04.16 デイリースポーツ

前中日・小田幸平 携帯に遺書を残した男のサヨナラ打


 11年5月12日。翌日からの甲子園での阪神戦を前に食事の約束をしていたのだが、一向に現れない。携帯電話もつながらない。心配になって球団関係者に問い合わせると、「少し体調が悪いみたいで」との返事。だが実は…。

 大阪市内のチーム宿舎で倒れていた。手足が震え、呼吸困難に陥り、血圧は200を超えていた。意識が遠のく中、小田は携帯電話の動画機能を使って遺書を残していた。

 目が覚めた時、捕手として本塁を死守した数々の激突プレーが脳内の血管を弱くさせていたと医師に告げられた。開頭手術をすればプロ野球選手を続けられなくなる可能性も伝えられた。まだ野球を続けたい-。開頭手術の道は選ばず、懸命のリハビリで1軍の舞台に帰ってきた。

 7月5日の阪神戦。0-0で迎えた九回裏2死一、二塁。落合監督は一度、野本を代打に告げようとしたが、小田の尻をたたいて打席に送り込んだ。カウント2-2から小林宏のスライダーを左翼線に運んだ。プロ初のサヨナラ打。ベンチ総出のウオーターシャワーの中で何度も飛び跳ね、喜びを爆発させた。

 「ここまで支えてくれた家族、チームスタッフの方々に感謝でいっぱいです」。野球ができなくなるかもしれないという苦しみを抜けた涙の一打は、7日に誕生日を迎える長男への2日早い感動のプレゼントになった。

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’11/07/05 小田幸平 サヨナラタイムリー

中日・石川昂弥&大島洋平、大先輩の小田幸平さんに節分の豆まきで猛攻を加える【動画】




フォロワーさんの反応 / ネットの反応

知らなかったなあ….

まさかそんな事があったとは

ODAがバックでいたからこそ谷繁が休養してもドラゴンズは戦えた
間違いなく黄金時代の立役者の一人

この話は知らなかったな…
ODAさんがますます好きになったよ

彼ほど数字に見えない貢献をした選手もいない

2010年の優勝の年、「やりましたー!」で何度もチームを盛り上げてくれた小田は自分の中では影のMVP

こういう選手は必要
正捕手ではなかったが、チームには欠かせないピースだった
ムードメーカー?まとめ役?どんな呼び方にせよ、貴重な存在だったことは間違いない

小田サマ・・・

泣いてしまうやろ


サヨナラ勝ちの瞬間の笑顔が素敵です。

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 15 件のコメント
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