■2026.08.18 RadiChubu-ラジチューブ-
中日OB・吉見一起が振り返る。高校1年目で球が速くなった理由
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やっていけるな
中学3年生の夏休み、大阪の強豪校、金光大阪高校から練習参加の打診があり、行ってみた吉見さん。どう感じたのかというと…。
吉見「はっきり言ったら、『やっていけるな、俺』って思いました」
若狭「中学時代は何やっても勝てない野球部。消防士になろうと思ってたのがちょっと変わったんですね」
消防士になろうと公立高校に行く気満々だった吉見さん、ここで父に相談。
「自分の好きなところに行きなさい。その代わり自分で決めたことは必ずやり通しなさい」と言われ、金光大阪へのスポーツ推薦を決めたそうです。
ちなみに最初に行こうとしていたのは大阪府立山田高校の普通科だったそうです。
入ってみると
吉見「同級生を見た時に、このピッチャーえぐいなとか、みんな体がでけえなと思った記憶があります」
実際に入ってみると、中3の夏休みの感覚とは違ったそうです。
当時の吉見さんは180センチ、70キロの細身。後に、社会人1年目に出会うことになる奥さんが写真を見て「マッチ棒やん。もやしやん」と言うぐらいの細さでした。
金光大阪の野球部には1学年30人ほどいて、高1の夏までは部員が90人ぐらいだったそうですが、先輩はもちろん同級生もみんな横幅もあったとか。
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吉見一起さん「離脱となると戦力的には厳しい」「大学時代から聞いていたが、村松には…」
吉見一起さん「離脱となると戦力的には厳しい」「大学時代から聞いていたが、村松には…」
吉見一起さんが明かしました。












