■2024.08.31 CBCラジオ
『若狭敬一のスポ音』
…
若狭アナ:
負のスパイラルに陥った岡林勇希、
全く直らなかった悪癖を直した名医とは?
今年は苦しみましたねぇ…。
2年連続で最多安打のタイトル争いをした岡林選手とは別人のような、打率1割台がずっと続いていましたよね。
ようやく2割4分まで上がってきたということです。
2月下旬に右肩を痛めました。
岡林:
何の前触れもなく、
突発的に痛みが走りました。
と本人は振り返りました。
去年のオフからちょっと違和感があって騙し騙しやっていたではなく、
ピンピンしていたんだけれどもキャンプ中に右肩に痛みが走った。
大ケガではなく、強めの炎症という診断結果に、
我々もホッとしたんですが、
ただ、しばらくノースローとなりまして、
「おい、おい、開幕1軍間に合うのか?」という話になりました。
1軍からは離れて、2軍で右肩のリハビリ、
そして投げること以外はできていましたから、
特にバッティングの状態を上げる3月の日々だったんですね。
岡林選手にここまでを振り返ってもらったんですが、
岡林:
この3月、想定外の右肩のケガで焦りがありました。
去年、一昨年と3月は1軍のオープン戦に出て、
調子を上げて開幕という流れでしたが、
今年はそうはいかず、
少し無理した部分がありました。
と振り返ってくれました。
というのも、
岡林:
今年も1番でチャンスメイクをして、
チームの勝利に貢献したいという思いが物凄く強かったですし、
そのために去年の秋からバッティングを見直して、
シンプルに打つ、ムダを省くフォームを作ってきました。
去年、一昨年と良い成績を残すと、
当然、相手も研究するだろうから、
さらにレベルアップを求めて、
ムダを省く、シンプルに打つというフォーム改造に取り組んでいて、
これはしっくりきていたんです。
ただ、思わぬケガをしてしまって、
なんとか早く2軍で結果を出して、
右肩を直さなきゃいけない、
そしてバッティングの状態も上げなきゃいけない。
やっぱり開幕までになんとか良い状態にしようしようと焦る、無理する。
この結果、いつの間にかバッティングの変なクセがついていました。
と話してくれました。
これ2軍の成績は、3月に右肩も治った状態で7試合出ているんですが1割2分です。
で、4月はたったの3試合だったんですが、.364。
で、この結果でもっておそらく首脳陣は判断したんだと思うんですが、
岡林選手というのは1軍のチームに欠かせない存在ということで、
右肩も大丈夫で、守備につけるなら、もう1軍に上げてしまおうということで4月下旬に昇格しました。
甲子園の3連戦、
結局ね、この甲子園の3連戦で3連敗をドラゴンズはしていて、
そこからズルズルズルズルだったんですが、
4月に6連勝もあって単独首位に立った、いいぞ、いいぞドラゴンズ、
さらに、さらにここから良くしようということで、
もうケガも治ったんだったら、岡林はもう実績があるから、
1軍に上げてしまえば大丈夫と思っていたんですが…結果は散々。
これは、みなさんご存知の通り。
いつの間にか体に染み付いてしまっていた変なクセ、悪いクセは、
取れない状態だったんですね。
「おかしいな岡林、おかしいな」と我々も思いましたよね。
「あれ?去年までと、一昨年までと違うぞ」と、
6月終了時点での彼の打率は.184ですよ。
2割打てないんですよ。
気になるのは、どんなクセが体に染み付いてしまっていたのか?
ズバリ、岡林選手は、
岡林:
体が突っ込むというクセです。
と明言してくれました。
岡林:
これを具体的にいうとですね、
ボールを打ちに行った時に頭も体もピッチャー側に近寄ってしまう。
去年までの映像と比べると明らかに違っていました。
と。
もう自分でも分かるんですね。
体突っ込み病になっている。
岡林選手というのは、もともとゆっくりと右足を上げて、
大きくタイミングを取って、頭も体も突っ込むことなく、
自分の打つべきポイントまでボールを引き付けていて打っていたんですね。
去年のオフ、先ほども申し上げました、
今年を見据えてレベルアップを求めて、
去年や一昨年とはちょっとバッティングフォームを変えていかなきゃいけないということで、
良かれと思って、少し動きを小さくして、
ムダを省いてシンプルに打つフォームに取り組んでいたんです。
これはこれで良かったんですが、
そこに、あの突然、右肩のケガです。
フォーム改造とケガから来る焦り、この2つが相まって、
悪いほうに重なって、
結果、体突っ込む病という、
変なクセが染み付いてしまっていたんです。
これ、アスリートというのは、良かれと思って変えるんですね。
これは、これで、結果は良かったりするんですが、
そこに思わぬケガがついてくる。
だから、去年、一昨年のままのフォームでいっていればよかったのかもしれませんが、
フォーム改造もしている、そこにケガが加わることによって、
ちょっと数日でなんとかしなければいけないという焦りに繋がって、
知らぬ間に変なクセがついていたということなんです。
じゃあ具体的に体の突っ込み病になるとどうなるのか?
例えば風邪を引いたら熱が出るとか、咳が出るとか色々な症状が出ます。
岡林:
体突っ込み病になると、
狙った球が全部、ファウルになりました。
ボールを自分のポイントまで引き付けて打つのではなく、
自分からボールに近寄って、
バットとボールが衝突してしまうんです。
去年まではヒットにできていたボールが、
全部、ファウルになってしまったんです。
ただ、僕の持ち味は積極性なので、
ファウルになろうが、とにかくファーストストライクには手を出していきました。
でも、ことごとくファウルになってしまいました。
体突っ込み病、そこから来るファウルという症状、
その結果はどうなるのか、すぐに追い込まれます。
そりゃあそうですよね。
はい、1ストライク、はい、2ストライク。
あらっ?追い込まれるとどうなるか?
当然、これはどんなバッターもそうですが、凡打が増えます。
追い込まれるとバッターは不利です。
しかも体が突っ込んでいるため、
ピッチャーから投げられた低めのすっと落ちる変化球にバットが止まりません。
自分のポイントまで引き付けるんじゃなくて、
ボールに体が寄っている、
体が迎えに行っているわけですから変化に対応できない。
もうバットが止まらないんです。
だからこそ、
引っ掛けた当たりの当てただけのセカンドゴロ、ファーストゴロ、
さらにはボール球を振っての空振り三振が増えていきました。
打率が上がりません。
上がるわけがない。
スコアボードの1割台の数字というのは本当に目に入ります。
で、正直、苦しかったんです。
と。
岡林選手というのは表情を変えません。
淡々とプレーをしていますが、
その時の本音はもう苦しかった。
打率、数字が上がらない。
打ってもファウル。
追い込まれる、バットが止まらない。
セカンドゴロ、空振り三振。
もうこれの繰り返し。
遂にメンタルに来ました。
「突っ込み病」からの「ファウル病」からの「凡打病」。
遂にメンタルに来ます。
やがて、
岡林:
僕本来の持ち味である積極性も無くなっていました。
打席で半信半疑な自分がいました。
と。
岡林:
これ、半信半疑というのは、
「打つべきか」「見るべきか」、
ファーストストライクから積極的に打つのが岡林勇希なのに、
いや?見たほうがいいかもしれない。
ちょっと待てよ。
打つにしても、変化球を打つべきか?ストレートを打つべきか?
腹をくくれない打席が増えていった。
と明かしてくれました。
そうなると、また当然、凡打が増えるわけですよ。
「ああ、どうしよう?」「ああ、どうしよう?」「ああ、どうしよう?」。
完全に2024年の岡林勇希選手は負のスパイラルに陥っていました。
フォーム改造、これはアスリートとしてよくあることです。
ところが、突然のケガ、
そこからの焦り、からの変なクセ、突っ込み病。
突っ込む、ファウルになる、ファウルが多いと追い込まれる。
追い込まれると凡打が増える。
凡打が増えるとキツくなる。
精神に来る。
積極性を失う。
半信半疑になる。
余計に結果が出ない。
埒が明かない。
「どうします?」と。
その間、「苦しいな、苦しいな」だけでないのが岡林選手です。
彼はプロのアスリートですから、
自分で明らかに、もう自己診断でも、
周りも全部、突っ込み病、
「もうあなたの病気はこれです!」というふうなのは分かっているんです。
分かっているんですが、どうしたら直るかがわからない。
この間、あの手、この手で打開策を模索しました。
何度も何度も映像も見ました。
色々なアドバイスを実際に聞きました。
今、悪いのは分かる、でもなんで悪いのか?
技術的な問題、メカニックが分からない。
何をどうすれば良くなるのか分からない。
色々と試してみたそうです。
どうもイマイチしっくりこない。
それこそ病院でよく言う、セカンドオピニオンとか、サードオピニオンとか、
もう色々な病院に通いましょうと通いまくりました。
色々な治療法を試して、色々な薬を飲みましたが、
なかなか完治には至らない。
そんな中、交流戦終了してから6月いっぱいまでのおよそ二週間、
この期間ね、岡林選手はよく記録を見るとスタメンを外れているんですね。
毎日のように、この二週間、
試合前の練習は当然、いつものようにやります。
ただ、スタメンには選ばれない。
この2週間の間に毎日のように意見交換をした人物がいました。
結局ね、この人のクリニックに通って、
やっと改善の兆しが見えてきました。
今まで全く取れなかった、結局、3月についてしまった、
3月感染してしまったと言ってもいい突っ込み病が、
3月,4月,5月,6月と4ヶ月直らないって、相当苦しいですよ。
ところが、この6月の中旬から下旬に、この人のクリニックに通って、
染み付いていた変なクセがようやく取れ始めたんです。
負のスパイラルに陥っていた岡林勇希、
全く直らなかった悪癖を治した名医の名は…「立浪和義」です。
岡林:
僕の良い時も悪い時も見ていてくれるのが、監督。
監督のアドバイスは分かりやすいですし、シンプル。
色々試しましたが、
一番しっくり来ました。
あれだけ何をやっても改善しなかったのに、
監督のアドバイスのおかげで良い時の感覚が戻りました。
どんなアドバイスだったか。
最初に言われたのは「手はほっとけ」、
「上半身は全く意識しなくていい」、
「手は放置でいい」。
と。
岡林選手は構え、バットの位置をここかな?あそこかな?どこかな?と、
バットの出し方、手の軌道は悪くないんだけども、
なぜかな?
立浪監督:
上半身はもうまず、無視。
大事なのは下半身。
もともと岡林は大きくタイミングを取る選手。
ゆっくり右足を上げて、軸足の左足にしっかりと体重をのせて、
長くボールを見て、自分のポイントまで引き付けて打つタイプだろ。
今は軸足に体重が乗り切らない間に打ちにいっている。
と。
全部、おっしゃる通り、解説通り、診察通り。
じゃあ、どうやって軸足に体重をのせて、
どうやって自分のポイントまでボールを引き付けるのか?
ここが分からない。
同じ右投げ左打ちのレジェンド・立浪和義、
左足に体重をのせなきゃいけないんですが、
いいですか、軸足は左足ですから、
立浪監督:
1回、右足にのせればいい。
1回、右足にのせて足踏みのように、
右足にポンとのせて左足、
いきなり、当然、バッターですから、両足で立っています。
右足を上げます、そこでぐっと左足に体重が乗るような感じがしますが、
右足を上げる前に、1回右足にのせる。
右足を上げる、すると自然と左足に体重がのる。
足踏みのように。
右足を上げる時に左足は上げませんよ。
そんなバッターはいませんよね。
ピッチャーが振りかぶる時に、軸足をビロンと、
犬がおしっこする時みたいに足を上げる選手はいませんが、
これは両足がついた状態で、まずは前の足、右足にちょっと体重を乗せて、
そこから右足を上げていって、
左足にストンと軸足に体重をのせていく、
これを徐々に徐々にやってみると、
岡林:
あっ、左足に体重がのっている。
あっ、ポイントまで引き付けられている。
と、
ボールの見方が、それまでと全然、変わってきたようです。
岡林:
あっ、打てるかもしれない。
良い時の感覚に戻った気がする。
7月にヒットが出るようになりました。
62打数17安打、月間打率が.274、
今までのことを比べるとずいぶん良くなったんですが、
まだ、本人は完治したという感じではありませんでした。
岡林:
これは、やはり秋から取り組んでいたフォーム改造も体の中に残っていているし、
春先についた変なクセも全部取り払われたわけではない。
ただ、どう考えても今までよりは良い、
でも、もっと8月、もっと8月は良くしたい、
よし、これは相当、監督のアドバイスを意識しないといけない。
それは練習の時だけではなくて、試合の打席でももっと大げさにやってみよう。
今日から、今日から思い切って変えよう。
そう決断した日があります。
8月6日の火曜日、岐阜・長良川球場のDeNA戦です。
試合前の練習中、この日も立浪監督と会話しました。
そして決断しました。
今日の打席から今まで以上に下半身を意識する。
今まで以上に右足にのせて、左足にのせて、
ボールを長く見て打つ。
上半身はほっとけ。
この意識で打つ。
この日、岡林選手はスタメンではありませんでした。
しかし4回の守備からセンターに入り、迎えた5回の裏、
2アウトランナー2,3塁、チャンスで回ってきた第1打席、
DeNAのウィックからレフト前へ弾き飛ばします。
岡林:
2点タイムリーになった、あの一本、
あの瞬間、今までのモヤモヤ、雲がスーッと消えた。
と話していました。
岡林:
本当にあの一本が大きかったです。
と。
次の日から3試合連続マルチ、
8月23日の巨人戦では4安打とヒットを重ねては、
8月は96打数31安打.323、
岡林が戻ってきました。
岡林:
何ヶ月も打てない経験はこれまでありませんでした。
ただ、この経験は、
これから長く野球をやっていく上で、
物凄く大きなものになりました。
残りのシーズンは少ないですが、
とにかく巻き返します。
そのモチベーションで全力でチームに貢献します。
と。
…
若狭アナ:
岡林選手はプロ入り後初、
いや、野球人生初の負のスパイラルから救ったのは、
通算2480安打、ミスタードラゴンズ、
レジェンド・立浪和義監督だったんです。
「そういえば1割台で苦しんでいたシーズンがあったよな」と、
この2024年を笑って振り返る日が来ることを願っています。
(※1:55~)
『若狭敬一のスポ音』
今日からのバンテリンドーム3連戦は中止になりました。野球のない週末は寂しいですが、仕方ないですね。明日12時20分からは「スポ音」をお聞きください。コラムでは岡林勇希選手について語ります。今年は6月終了時点で1割台。しかし、8月は3割を越えるアベレージ。苦しんだ理由、浮上のきっかけとは?
— 若狭敬一のスポ音 (@cbcspoon1053) August 30, 2024
…
若狭アナ:
負のスパイラルに陥った岡林勇希、
全く直らなかった悪癖を直した名医とは?
今年は苦しみましたねぇ…。
2年連続で最多安打のタイトル争いをした岡林選手とは別人のような、打率1割台がずっと続いていましたよね。
ようやく2割4分まで上がってきたということです。
2月下旬に右肩を痛めました。
岡林:
何の前触れもなく、
突発的に痛みが走りました。
と本人は振り返りました。
去年のオフからちょっと違和感があって騙し騙しやっていたではなく、
ピンピンしていたんだけれどもキャンプ中に右肩に痛みが走った。
大ケガではなく、強めの炎症という診断結果に、
我々もホッとしたんですが、
ただ、しばらくノースローとなりまして、
「おい、おい、開幕1軍間に合うのか?」という話になりました。
1軍からは離れて、2軍で右肩のリハビリ、
そして投げること以外はできていましたから、
特にバッティングの状態を上げる3月の日々だったんですね。
岡林選手にここまでを振り返ってもらったんですが、
岡林:
この3月、想定外の右肩のケガで焦りがありました。
去年、一昨年と3月は1軍のオープン戦に出て、
調子を上げて開幕という流れでしたが、
今年はそうはいかず、
少し無理した部分がありました。
と振り返ってくれました。
というのも、
岡林:
今年も1番でチャンスメイクをして、
チームの勝利に貢献したいという思いが物凄く強かったですし、
そのために去年の秋からバッティングを見直して、
シンプルに打つ、ムダを省くフォームを作ってきました。
去年、一昨年と良い成績を残すと、
当然、相手も研究するだろうから、
さらにレベルアップを求めて、
ムダを省く、シンプルに打つというフォーム改造に取り組んでいて、
これはしっくりきていたんです。
ただ、思わぬケガをしてしまって、
なんとか早く2軍で結果を出して、
右肩を直さなきゃいけない、
そしてバッティングの状態も上げなきゃいけない。
やっぱり開幕までになんとか良い状態にしようしようと焦る、無理する。
この結果、いつの間にかバッティングの変なクセがついていました。
と話してくれました。
これ2軍の成績は、3月に右肩も治った状態で7試合出ているんですが1割2分です。
で、4月はたったの3試合だったんですが、.364。
で、この結果でもっておそらく首脳陣は判断したんだと思うんですが、
岡林選手というのは1軍のチームに欠かせない存在ということで、
右肩も大丈夫で、守備につけるなら、もう1軍に上げてしまおうということで4月下旬に昇格しました。
甲子園の3連戦、
結局ね、この甲子園の3連戦で3連敗をドラゴンズはしていて、
そこからズルズルズルズルだったんですが、
4月に6連勝もあって単独首位に立った、いいぞ、いいぞドラゴンズ、
さらに、さらにここから良くしようということで、
もうケガも治ったんだったら、岡林はもう実績があるから、
1軍に上げてしまえば大丈夫と思っていたんですが…結果は散々。
これは、みなさんご存知の通り。
いつの間にか体に染み付いてしまっていた変なクセ、悪いクセは、
取れない状態だったんですね。
「おかしいな岡林、おかしいな」と我々も思いましたよね。
「あれ?去年までと、一昨年までと違うぞ」と、
6月終了時点での彼の打率は.184ですよ。
2割打てないんですよ。
気になるのは、どんなクセが体に染み付いてしまっていたのか?
ズバリ、岡林選手は、
岡林:
体が突っ込むというクセです。
と明言してくれました。
岡林:
これを具体的にいうとですね、
ボールを打ちに行った時に頭も体もピッチャー側に近寄ってしまう。
去年までの映像と比べると明らかに違っていました。
と。
もう自分でも分かるんですね。
体突っ込み病になっている。
岡林選手というのは、もともとゆっくりと右足を上げて、
大きくタイミングを取って、頭も体も突っ込むことなく、
自分の打つべきポイントまでボールを引き付けていて打っていたんですね。
去年のオフ、先ほども申し上げました、
今年を見据えてレベルアップを求めて、
去年や一昨年とはちょっとバッティングフォームを変えていかなきゃいけないということで、
良かれと思って、少し動きを小さくして、
ムダを省いてシンプルに打つフォームに取り組んでいたんです。
これはこれで良かったんですが、
そこに、あの突然、右肩のケガです。
フォーム改造とケガから来る焦り、この2つが相まって、
悪いほうに重なって、
結果、体突っ込む病という、
変なクセが染み付いてしまっていたんです。
これ、アスリートというのは、良かれと思って変えるんですね。
これは、これで、結果は良かったりするんですが、
そこに思わぬケガがついてくる。
だから、去年、一昨年のままのフォームでいっていればよかったのかもしれませんが、
フォーム改造もしている、そこにケガが加わることによって、
ちょっと数日でなんとかしなければいけないという焦りに繋がって、
知らぬ間に変なクセがついていたということなんです。
じゃあ具体的に体の突っ込み病になるとどうなるのか?
例えば風邪を引いたら熱が出るとか、咳が出るとか色々な症状が出ます。
岡林:
体突っ込み病になると、
狙った球が全部、ファウルになりました。
ボールを自分のポイントまで引き付けて打つのではなく、
自分からボールに近寄って、
バットとボールが衝突してしまうんです。
去年まではヒットにできていたボールが、
全部、ファウルになってしまったんです。
ただ、僕の持ち味は積極性なので、
ファウルになろうが、とにかくファーストストライクには手を出していきました。
でも、ことごとくファウルになってしまいました。
体突っ込み病、そこから来るファウルという症状、
その結果はどうなるのか、すぐに追い込まれます。
そりゃあそうですよね。
はい、1ストライク、はい、2ストライク。
あらっ?追い込まれるとどうなるか?
当然、これはどんなバッターもそうですが、凡打が増えます。
追い込まれるとバッターは不利です。
しかも体が突っ込んでいるため、
ピッチャーから投げられた低めのすっと落ちる変化球にバットが止まりません。
自分のポイントまで引き付けるんじゃなくて、
ボールに体が寄っている、
体が迎えに行っているわけですから変化に対応できない。
もうバットが止まらないんです。
だからこそ、
引っ掛けた当たりの当てただけのセカンドゴロ、ファーストゴロ、
さらにはボール球を振っての空振り三振が増えていきました。
打率が上がりません。
上がるわけがない。
スコアボードの1割台の数字というのは本当に目に入ります。
で、正直、苦しかったんです。
と。
岡林選手というのは表情を変えません。
淡々とプレーをしていますが、
その時の本音はもう苦しかった。
打率、数字が上がらない。
打ってもファウル。
追い込まれる、バットが止まらない。
セカンドゴロ、空振り三振。
もうこれの繰り返し。
遂にメンタルに来ました。
「突っ込み病」からの「ファウル病」からの「凡打病」。
遂にメンタルに来ます。
やがて、
岡林:
僕本来の持ち味である積極性も無くなっていました。
打席で半信半疑な自分がいました。
と。
岡林:
これ、半信半疑というのは、
「打つべきか」「見るべきか」、
ファーストストライクから積極的に打つのが岡林勇希なのに、
いや?見たほうがいいかもしれない。
ちょっと待てよ。
打つにしても、変化球を打つべきか?ストレートを打つべきか?
腹をくくれない打席が増えていった。
と明かしてくれました。
そうなると、また当然、凡打が増えるわけですよ。
「ああ、どうしよう?」「ああ、どうしよう?」「ああ、どうしよう?」。
完全に2024年の岡林勇希選手は負のスパイラルに陥っていました。
フォーム改造、これはアスリートとしてよくあることです。
ところが、突然のケガ、
そこからの焦り、からの変なクセ、突っ込み病。
突っ込む、ファウルになる、ファウルが多いと追い込まれる。
追い込まれると凡打が増える。
凡打が増えるとキツくなる。
精神に来る。
積極性を失う。
半信半疑になる。
余計に結果が出ない。
埒が明かない。
「どうします?」と。
その間、「苦しいな、苦しいな」だけでないのが岡林選手です。
彼はプロのアスリートですから、
自分で明らかに、もう自己診断でも、
周りも全部、突っ込み病、
「もうあなたの病気はこれです!」というふうなのは分かっているんです。
分かっているんですが、どうしたら直るかがわからない。
この間、あの手、この手で打開策を模索しました。
何度も何度も映像も見ました。
色々なアドバイスを実際に聞きました。
今、悪いのは分かる、でもなんで悪いのか?
技術的な問題、メカニックが分からない。
何をどうすれば良くなるのか分からない。
色々と試してみたそうです。
どうもイマイチしっくりこない。
それこそ病院でよく言う、セカンドオピニオンとか、サードオピニオンとか、
もう色々な病院に通いましょうと通いまくりました。
色々な治療法を試して、色々な薬を飲みましたが、
なかなか完治には至らない。
そんな中、交流戦終了してから6月いっぱいまでのおよそ二週間、
この期間ね、岡林選手はよく記録を見るとスタメンを外れているんですね。
毎日のように、この二週間、
試合前の練習は当然、いつものようにやります。
ただ、スタメンには選ばれない。
この2週間の間に毎日のように意見交換をした人物がいました。
結局ね、この人のクリニックに通って、
やっと改善の兆しが見えてきました。
今まで全く取れなかった、結局、3月についてしまった、
3月感染してしまったと言ってもいい突っ込み病が、
3月,4月,5月,6月と4ヶ月直らないって、相当苦しいですよ。
ところが、この6月の中旬から下旬に、この人のクリニックに通って、
染み付いていた変なクセがようやく取れ始めたんです。
負のスパイラルに陥っていた岡林勇希、
全く直らなかった悪癖を治した名医の名は…「立浪和義」です。
岡林:
僕の良い時も悪い時も見ていてくれるのが、監督。
監督のアドバイスは分かりやすいですし、シンプル。
色々試しましたが、
一番しっくり来ました。
あれだけ何をやっても改善しなかったのに、
監督のアドバイスのおかげで良い時の感覚が戻りました。
どんなアドバイスだったか。
最初に言われたのは「手はほっとけ」、
「上半身は全く意識しなくていい」、
「手は放置でいい」。
と。
岡林選手は構え、バットの位置をここかな?あそこかな?どこかな?と、
バットの出し方、手の軌道は悪くないんだけども、
なぜかな?
立浪監督:
上半身はもうまず、無視。
大事なのは下半身。
もともと岡林は大きくタイミングを取る選手。
ゆっくり右足を上げて、軸足の左足にしっかりと体重をのせて、
長くボールを見て、自分のポイントまで引き付けて打つタイプだろ。
今は軸足に体重が乗り切らない間に打ちにいっている。
と。
全部、おっしゃる通り、解説通り、診察通り。
じゃあ、どうやって軸足に体重をのせて、
どうやって自分のポイントまでボールを引き付けるのか?
ここが分からない。
同じ右投げ左打ちのレジェンド・立浪和義、
左足に体重をのせなきゃいけないんですが、
いいですか、軸足は左足ですから、
立浪監督:
1回、右足にのせればいい。
1回、右足にのせて足踏みのように、
右足にポンとのせて左足、
いきなり、当然、バッターですから、両足で立っています。
右足を上げます、そこでぐっと左足に体重が乗るような感じがしますが、
右足を上げる前に、1回右足にのせる。
右足を上げる、すると自然と左足に体重がのる。
足踏みのように。
右足を上げる時に左足は上げませんよ。
そんなバッターはいませんよね。
ピッチャーが振りかぶる時に、軸足をビロンと、
犬がおしっこする時みたいに足を上げる選手はいませんが、
これは両足がついた状態で、まずは前の足、右足にちょっと体重を乗せて、
そこから右足を上げていって、
左足にストンと軸足に体重をのせていく、
これを徐々に徐々にやってみると、
岡林:
あっ、左足に体重がのっている。
あっ、ポイントまで引き付けられている。
と、
ボールの見方が、それまでと全然、変わってきたようです。
岡林:
あっ、打てるかもしれない。
良い時の感覚に戻った気がする。
7月にヒットが出るようになりました。
62打数17安打、月間打率が.274、
今までのことを比べるとずいぶん良くなったんですが、
まだ、本人は完治したという感じではありませんでした。
岡林:
これは、やはり秋から取り組んでいたフォーム改造も体の中に残っていているし、
春先についた変なクセも全部取り払われたわけではない。
ただ、どう考えても今までよりは良い、
でも、もっと8月、もっと8月は良くしたい、
よし、これは相当、監督のアドバイスを意識しないといけない。
それは練習の時だけではなくて、試合の打席でももっと大げさにやってみよう。
今日から、今日から思い切って変えよう。
そう決断した日があります。
8月6日の火曜日、岐阜・長良川球場のDeNA戦です。
試合前の練習中、この日も立浪監督と会話しました。
そして決断しました。
今日の打席から今まで以上に下半身を意識する。
今まで以上に右足にのせて、左足にのせて、
ボールを長く見て打つ。
上半身はほっとけ。
この意識で打つ。
この日、岡林選手はスタメンではありませんでした。
しかし4回の守備からセンターに入り、迎えた5回の裏、
2アウトランナー2,3塁、チャンスで回ってきた第1打席、
DeNAのウィックからレフト前へ弾き飛ばします。
岡林:
2点タイムリーになった、あの一本、
あの瞬間、今までのモヤモヤ、雲がスーッと消えた。
と話していました。
岡林:
本当にあの一本が大きかったです。
と。
次の日から3試合連続マルチ、
8月23日の巨人戦では4安打とヒットを重ねては、
8月は96打数31安打.323、
岡林が戻ってきました。
岡林:
何ヶ月も打てない経験はこれまでありませんでした。
ただ、この経験は、
これから長く野球をやっていく上で、
物凄く大きなものになりました。
残りのシーズンは少ないですが、
とにかく巻き返します。
そのモチベーションで全力でチームに貢献します。
と。
…
若狭アナ:
岡林選手はプロ入り後初、
いや、野球人生初の負のスパイラルから救ったのは、
通算2480安打、ミスタードラゴンズ、
レジェンド・立浪和義監督だったんです。
「そういえば1割台で苦しんでいたシーズンがあったよな」と、
この2024年を笑って振り返る日が来ることを願っています。
(※1:55~)
中日・岡林勇希「さすがにもうこの時期になって、何かを変えなきゃいけないというふうに、何かにすがろうと思った時に、立浪監督に聞いて…」
中日・仁村徹球団編成統括、今季の岡林勇希について「最終的には…」
岡林選手が明かしました。