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北京五輪アジア予選でマネージャーが「至急、星野仙一監督の部屋に行ってください」 → 中日・涌井秀章投手「僕、ついこう言っちゃったんです。『嫌です』って。予選で落とされるって用件だと思ったんです。でも、星野さんが伝えたかったのは…」

星野仙一

■2023.04.27 中日スポーツ





■2023.04.27 中日スポーツ

伝統の背番号20で10年ぶり勝利…中日・涌井と“燃える男”星野仙一との縁 やんちゃ坊主は好かれていた
北京五輪アジア予選でマネージャーが「至急、星野仙一監督の部屋に行ってください」 → 中日・涌井秀章投手「僕、ついこう言っちゃったんです。『嫌です』って。予選で落とされるって用件だと思ったんです。でも、星野さんが伝えたかったのは…」

 燃える男・星野仙一。涌井との接点があったのは07年の冬だった。高卒3年目の21歳。翌年の北京五輪への出場権をかけたアジア予選に、日本代表として招集された。率いたのが星野監督。台湾の選手宿舎で、マネジャーから「至急、監督の部屋に行ってください」と連絡があった。

 「僕、ついこう言っちゃったんです。『嫌です』って。予選で落とされるって用件だと思ったんです。でも、星野さんが伝えたかったのはフィリピン戦で先発しろってことでした

 開幕戦を任せたぞ。そう言いたかったのに、部屋に来ない。闘将にもその話は伝わっていた。誰もが恐れ、顔色をうかがうのに、勘違いとはいえこの若造は「嫌だ」と言った。さて、どうなったか。

 「そこから星野さんは、僕のことをすごく気に入ってくださったみたいなんです。21歳だから怖いもの知らずだったんですね。それ以来、ごあいさつしても、ちゃんと自分のピッチングを見てくれているのが言葉からわかりました。僕にとっては怖いイメージじゃなく、おじいちゃんの感じでした

 やんちゃ坊主は大好きだった。もちろん北京五輪でも涌井は選ばれ、好投している。あれから15年。呼び出しを拒んだ若造は36歳になり、何と中日の20番を背負い、10年ぶりの勝ち投手になった。

 「それを知ったら驚くでしょうね。僕は燃える男じゃなく、寡黙な20番で行きますね

 優しいおじいちゃんは、きっと天国で笑っているはずだ。

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星野仙一さんとの思い出を明かしてくれました。

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