■2026.08.13 RadiChubu-ラジチューブ-
一度は野球選手をあきらめた?中日OB・吉見一起の野球少年時代
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小6で見たイチロー
吉見「憧れの選手はいなかったですけど、イチローさんを生で見て、すごいなとこどもながらに思ってました」
1995年当時、大阪府吹田市の小学校6年生だった吉見一起少年。父親とオリックスの試合を神戸まで見に行っていたそうです。
当時のオリックスのチーム名はオリックス・ブルーウェーブ。本拠地は神戸のグリーンスタジアム神戸でした。
この年の1月に阪神淡路大震災があり、地元チームであるオリックスの選手たちはユニフォームに「がんばろうKOBE」のワッペンをつけていました。
当時はイチローさんのほか、メジャーへ行った田口壮さん、現在オリックスの投手コーチの平井正史さんが活躍し、この年はリーグ優勝を果たしました。
吉見「当時、球場で『おい平井』とか言った記憶があります」
当時、将来の夢を書く欄には「野球選手」と書いていたそうです。
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吉見一起さんが明かしました。











