
■2025.12.21 サンデードラゴンズ

…
『“キーマン”から“柱”へ 細川 単独インタビュー 心境激白』

─「キーマン」ではなく「柱」。細川がカメラの前で口にしたのは攻撃陣の大黒柱としての自覚だった。
細川:
20本クリアできたのは自分の中でも最低限だと思っているので、
満足はしないですし、
ケガがあったんで、まぁちょっと悔しいシーズンにはなりましたね。
─今シーズン、細川が出場したのは108試合。ドラゴンズ加入後の3年間で最も少ない数字に終わった。原因は5月のベイスターズ戦、ショートゴロを放った際に右足を痛め、ここからおよそ1ヶ月間、1軍離脱を余儀なくされた。
光山アナ:
こういうシーズンって今までにありましたか?
細川:
いや、ケガ自体が無いので。
ベイスターズの時もファームで出ていた時は、ほぼほぼケガなく出られたので、
1ヶ月、野球のゲームから離れたというのは初めてですし、
「できるだけ早く復帰したいな」という思いでは1ヶ月やってましたね。
─キャリアで初めてとなる長期離脱。プロ野球人生で初めて経験した壁はバッティングにも影響した。
細川:
やっぱり軸足をケガをしたんで、
まぁバッティングの面でも、ちょっと今までと感覚が違うところが沢山ありましたし、
ちょっと試行錯誤しながら毎日やっていた感じですね。
光山アナ:
しっくりくるようになったのって、
いつ頃からでしたか?
細川:
いや、今年1年は全くしっくりこなかったんで、
もう本当に毎日、ちょっと足幅とか、軸足の乗せ方とか、
スイング軌道とかも1日1日ちょっと変えていたんで、
もうそれはもうバッティング練習の中で、
「今日はこんな感じかな?」と思いながらやってました。
─待望の1軍復帰は6月下旬。その試合前…。
Q.まず気持ちの面では、1軍の試合をどんな気持ちで見たりされていましたか?
細川:
野球やっていて、本当に離脱はあまりなかったので、
試合に出られないというのはとても悔しかったんで、
一昨年、中日に来た時の気持ちを思い出して、
また頑張りたいと思います。
─と決意を口にした背番号55は夏場から本領発揮! 7月、8月、9月の3ヶ月間でホームラン17本という量産体制に。終わってみれば3年連続でホームラン20本以上という大台に乗せてみせた。ドラゴンズで3年連続20発といえば、2008年のタイロン・ウッズ。日本人に限ると、2006年の福留孝介までさかのぼる。さらに細川が放った20本のホームランのうち、実に12本は先制や同点、勝ち越し、逆打という勝敗に大きくかかわる一発だった。

#サンドラ 担当光山です!
— 【公式】CBCテレビアナウンサー (@cbc_announcer) January 4, 2026
前回放送では、#赤星憲広 さんに
今季のドラゴンズ の展望を伺いました!
「岡林選手と細川選手はキーマンではなく、やってくれないといけない存在なんです!」
とチームの顔として引っ張っていく必要性を話して頂きました!
本日は #大野雄大 投手がゲストです! pic.twitter.com/dULC2Gx264
…
『“キーマン”から“柱”へ 細川 単独インタビュー 心境激白』

─「キーマン」ではなく「柱」。細川がカメラの前で口にしたのは攻撃陣の大黒柱としての自覚だった。
細川:
20本クリアできたのは自分の中でも最低限だと思っているので、
満足はしないですし、
ケガがあったんで、まぁちょっと悔しいシーズンにはなりましたね。
─今シーズン、細川が出場したのは108試合。ドラゴンズ加入後の3年間で最も少ない数字に終わった。原因は5月のベイスターズ戦、ショートゴロを放った際に右足を痛め、ここからおよそ1ヶ月間、1軍離脱を余儀なくされた。
光山アナ:
こういうシーズンって今までにありましたか?
細川:
いや、ケガ自体が無いので。
ベイスターズの時もファームで出ていた時は、ほぼほぼケガなく出られたので、
1ヶ月、野球のゲームから離れたというのは初めてですし、
「できるだけ早く復帰したいな」という思いでは1ヶ月やってましたね。
─キャリアで初めてとなる長期離脱。プロ野球人生で初めて経験した壁はバッティングにも影響した。
細川:
やっぱり軸足をケガをしたんで、
まぁバッティングの面でも、ちょっと今までと感覚が違うところが沢山ありましたし、
ちょっと試行錯誤しながら毎日やっていた感じですね。
光山アナ:
しっくりくるようになったのって、
いつ頃からでしたか?
細川:
いや、今年1年は全くしっくりこなかったんで、
もう本当に毎日、ちょっと足幅とか、軸足の乗せ方とか、
スイング軌道とかも1日1日ちょっと変えていたんで、
もうそれはもうバッティング練習の中で、
「今日はこんな感じかな?」と思いながらやってました。
─待望の1軍復帰は6月下旬。その試合前…。
Q.まず気持ちの面では、1軍の試合をどんな気持ちで見たりされていましたか?
細川:
野球やっていて、本当に離脱はあまりなかったので、
試合に出られないというのはとても悔しかったんで、
一昨年、中日に来た時の気持ちを思い出して、
また頑張りたいと思います。
─と決意を口にした背番号55は夏場から本領発揮! 7月、8月、9月の3ヶ月間でホームラン17本という量産体制に。終わってみれば3年連続でホームラン20本以上という大台に乗せてみせた。ドラゴンズで3年連続20発といえば、2008年のタイロン・ウッズ。日本人に限ると、2006年の福留孝介までさかのぼる。さらに細川が放った20本のホームランのうち、実に12本は先制や同点、勝ち越し、逆打という勝敗に大きくかかわる一発だった。
「大丈夫か?」「大丈夫か?」 中日・細川成也が2025年シーズン中にケガで2軍調整へ → その時、落合英二投手コーディネーターが取った行動が…
中日・細川成也「僕もホームランや長打を何本損してきたことか…(笑)」
細川選手が振り返りました。









