■2026.10.01 47NEWS
プロ野球巨人のライデル・マルティネス投手が9月10日の中日戦で史上6人目の通算250セーブを達成した。キューバから来日して10年目。泣き虫だった青年が異国で努力を積み重ねた結果の大記録。メジャーに行かない理由は「家族愛」という
— 47NEWS (@47news_official) October 1, 2026
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■2026.10.01 47NEWS
日本人より勤勉、巨人マルティネス「中日は自分の学校だった」 10年で大記録…コーチが活躍を確信したある瞬間とは メジャーに行かない理由は「家族愛」
▽負けん気で猛練習に食らいつく
8歳で野球を始め、当初は三塁手だった。5年後に投手に変更したという。
「地域の代表にたどり着くためには投手の方が可能性があった」
中南米にパイプを持ち、中日監督だった森繁和氏の目に留まり、育成選手契約で2017年に中日に入団した。
当時20歳。異国での挑戦はグラウンド内外で険しい道だった。まず日本文化にとまどう。
「全てが速い。みんなせかせかしている」
食事も口に合わない。投手としての経験が浅く、毎日、特守と投球練習を課された。慣れない環境、厳しい練習の日々で「もう耐えられない」。
帰国しようと考えたことは一度や二度ではなかった。
コーチとして指導した中日の朝倉健太プロスカウトチーフは、泣いている姿をよく見ていたという。ただ、細身の体で、涙をいくら流していても「負けん気はだいぶ強かった」。さらに、入団時から知る中日のフランシス・ルイス通訳が「人の話をちゃんと聞く」と言うように、性格は素直だった。
クイック投球やフィールディングなど基礎的な練習を徹底的にやらされたが、必死に食らいつき、言われたことをどんどん吸収していく。課題を一つずつつぶし、着実に成長。スプリットを覚えて決め球を身に付け、18年に支配下選手契約を勝ち取った。
▽中日は「自分にとっては学校」
朝倉氏には日本での活躍を確信した瞬間がある。2019年、キャンプインを控えてキューバから戻ってきた際に体が一回り大きくなっていた。
「ちゃんと練習していたんだ。こいつは大丈夫だ」と感じたという。
球団トレーナーに練習メニューの作成を依頼し、シーズンオフも熱心に取り組んだ結果だった。一気に才能が開花し、この年に初セーブを挙げるなど43試合に登板して救援投手として飛躍を遂げた。
巨人に移籍した今でも、中日への感謝は忘れない。
「自分にとっては学校と言ってもいいぐらい、いろんなことを学んだ。素晴らしいコーチにもたくさん出会い、今の自分があるのはドラゴンズのおかげ」
ただ、節目のセーブはそんな古巣との一戦で記録した。「できればドラゴンズ相手には達成したくない思いもあった」と本音も漏れた。
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中日・松山晋也、森繁和さんがライデル・マルティネスの『通算250セーブ記念セレモニー』に登場【動画】
ライデル・マルティネスへ、中日ドラゴンズ関係者から物凄い数の花が届く
朝倉プロスカウトが明かしました。




