■2026.08.25 【東海テレビ公式】ドラHOTpress – YouTube
【ディレクターズカット版】ドラHOT+スペシャル 中日ドラゴンズ90年 栄光の証言 峰竜太×井端弘和
(※13:07~)
峰竜太さん:
立浪さんとの話というのは、
やっぱり相談するっていうことが多かったんですか?
井端:
多かったですね。
当時、2004年、
2000年とか2001年とか2002年ぐらいまでは、
二遊間でセカンド立浪さんでやらせてもらった時に、
マウンドに行くタイミングだったり。
ここを、このタイミングだなというのを教わりましたし、
そのあと、サードに移られて、
サードの声をかけの時、毎回ね、立浪さんを見て。
なので、自分も、
このタイミングかなと思ってた時に一応行かないんですよ。
一歩出る、一歩出る、
「あっ、一緒だ」っていうのがどんどん増えてきた2002年、2003年ぐらいだったかなと思うんで、
2004年の時からは立浪さんは「俺はもう行かないから。お前が行け」っていうのに変わった年でもあったので。
峰竜太さん:
そうなんですか。
じゃあ本当に現場で実際に見てということですね?
井端:
そうですね。
だから、人から教わるじゃないですけど、
見て学ぶっていうのを凄く体験させていただいたなというのは。
峰竜太さん:
はぁ~!
いや~、なんか良い時期でしたね、それはね。
井端:
そうですね。
だから怒られることもありましたよ。
「あのタイミングじゃない」とか、
「もっとね、もうワンテンポ早い」とかっていうのも教わりながらだったんですけど。
でも、それがね、やっぱりどんどん、どんどんなくなっていったなっていうのはありましたね。
峰竜太さん:
そうだったんだ。
【ディレクターズカット版】ドラHOT+スペシャル 中日ドラゴンズ90年 栄光の証言 峰竜太×井端弘和
(※13:07~)
峰竜太さん:
立浪さんとの話というのは、
やっぱり相談するっていうことが多かったんですか?
井端:
多かったですね。
当時、2004年、
2000年とか2001年とか2002年ぐらいまでは、
二遊間でセカンド立浪さんでやらせてもらった時に、
マウンドに行くタイミングだったり。
ここを、このタイミングだなというのを教わりましたし、
そのあと、サードに移られて、
サードの声をかけの時、毎回ね、立浪さんを見て。
なので、自分も、
このタイミングかなと思ってた時に一応行かないんですよ。
一歩出る、一歩出る、
「あっ、一緒だ」っていうのがどんどん増えてきた2002年、2003年ぐらいだったかなと思うんで、
2004年の時からは立浪さんは「俺はもう行かないから。お前が行け」っていうのに変わった年でもあったので。
峰竜太さん:
そうなんですか。
じゃあ本当に現場で実際に見てということですね?
井端:
そうですね。
だから、人から教わるじゃないですけど、
見て学ぶっていうのを凄く体験させていただいたなというのは。
峰竜太さん:
はぁ~!
いや~、なんか良い時期でしたね、それはね。
井端:
そうですね。
だから怒られることもありましたよ。
「あのタイミングじゃない」とか、
「もっとね、もうワンテンポ早い」とかっていうのも教わりながらだったんですけど。
でも、それがね、やっぱりどんどん、どんどんなくなっていったなっていうのはありましたね。
峰竜太さん:
そうだったんだ。
井端弘和さんがレギュラー定着するために「練習」したこと
峰竜太さん「中日ドラゴンズの監督にはいつなるんですか?」 井端弘和さん「こういうのはタイミングとかだと思います」「いつか僕もね、ドラゴンズのユニフォーム着たいなと思う気持ちはありますんでね」
井端弘和さんが明かしました。





コメント欄で「ようやっとる」が押された主な意見
4ポジションみんな経験が浅い若手だとピッチャーにアドバイスしに行ける選手がいなくなってピッチャーが孤立しちゃう危険性もあると思う