■2026.07.23 RadiChubu-ラジチューブ-
オールスターになると、吉見一起が井端弘和から必ず言われることとは?
吉見さんはトヨタ自動車からドラゴンズへ入団。プロ4年目の2009年に初めてオールスターに選ばれました。速球投手ではない吉見さんですが、入団当初は「ピッチャーたる者、速い球を投げてなんぼ」。速球への憧れがあったそうです。二軍時代。ストライクゾーンを9つの枠に分けたチャートがあるのですが、全投球のうち、コントロールがどこに行っているのかは二の次、三の次。とにかくマックス何キロを気にしていたんだとか。
吉見「メディアも速いボールを投げた人を扱うじゃないですか」
若狭「扱うねえ。マックス155キロ。飛びつく、飛びつく」
簡単に打たれる
プロ3年目の2008年に一軍で登板するようになった吉見さん。気合を込めて投げて140後半。しかもコンスタントに出せるわけではありません。それでも速球への思いはあったそうです。
当時のキャッチャーだった谷繫元信さんからは「速球はお前のスタイルじゃない」と言われていたそうです。それでも速い球を求めていた吉見さん、痛い目に遭うことに。
吉見「2008年あたりから、勝負に行ったボールを簡単にペンッて返されるんですよ」
若狭「カキーンじゃなくてペンッ」
楽にペンッと打ち返してきたのがヤクルトの青木宣親さん、ジャイアンツの小笠原道大さん。常に3割5分は打つバッターたち。
自分のスタイルへ
吉見「速いボールを投げたい気持ちはずっとありましたよ。でもマウンドに上がったらスピードガンコンテストじゃない、と気づかさせてくれた先輩方がたくさんいたんです」
ここぞという時に狙ったところに投げられないと一軍では勝てないと思うようになり、2008年の中頃から丁寧に投げることを意識していったそうです。
元々切れのあるボールには自信を持っていた吉見さん。ここからコントロール重視の打たせて取るスタイルが完成。2008年は二桁勝利。2009年には初のオールスターに選ばれました。
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吉見一起さん「今の選手が考えてなくはないと思うんですけども、僕が若い時に後ろを守っていた先輩方は…」
吉見一起さんが明かしました。










