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SB千賀滉大投手「お化けフォーク」につながる愛知関係者の系譜…フォークボール伝来100年https://t.co/ygqXWeqdVa#スポーツ
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■2022.12.07 読売新聞オンライン
「何もなかったチームも違う僕に色々と親切に教えてくださった。最高の先輩」
「フォークの投げ方を教えてください。決め球を覚えたいんです」。2012年1月。福岡県で合同自主トレに臨んでいた吉見は、当時18歳で育成選手の千賀から懇願された。吉見は11年シーズンで、最多勝(18勝)や最優秀防御率(1・65)のタイトルを獲得。育成からはい上がろうとする千賀の憧れの的だった。
吉見もフォークには思い入れがあった。スライダー以外の決め球が乏しく、壁を感じていた社会人野球のトヨタ自動車(愛知県豊田市)時代、先輩からフォークを教わり習得した。縦横の変化球がそろったことで投球の幅が広がり、直後の05年に悲願のプロ入り。その後も「勝負の時には打者が狙っていてもフォークを選んだ」と言うほどの決め球となった。
だからこそ、千賀の思いがわかった。「『落としたい』と意識しない」「軌道や回転でフォークと見破られないように」。無名の千賀に球を挟む角度や投球時の心持ちなどを、惜しげもなく伝授した。
ここから千賀は飛躍する。吉見から教わった投げ方に独自の工夫を重ねて落差の大きいフォークを完成させると、その12年に一軍の試合に出場できる「支配下登録」を勝ち取り、その後はタイトルを次々と奪取。20年には育成出身では初の投手三冠(最多勝、最優秀防御率、最多奪三振)に輝き、球史に名を刻んだ。
「何もなかったチームも違う僕に色々と親切に教えてくださった。最高の先輩」。台頭の契機を与えてくれた吉見が現役を引退する時、千賀はSNSにこうつづって感謝した。吉見は「彼に会うたびに『人はこんなに進化するんだ』と思わせてくれた」と、その活躍に喜びを隠さない。
吉見は引退後、古巣のトヨタで技術アドバイザーを務めている。今年10月のドラフト会議でDeNAから2位指名されたトヨタの吉野光樹(24)も、吉見がフォークを伝授して一皮むけた一人だ。吉野は、吉見を通じて千賀にも体の使い方などを教えてもらったといい、「生まれ変わるきっかけになった」と振り返る。
吉見は「神様」の杉下茂から教えを受けたこともある。愛知関係者の不思議な系譜に「ただの偶然だと思うけど」と笑いながらも、期待が膨らむ。「千賀のように、代名詞がつくような新たなフォークボーラーを見てみたいね」
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ソフトバンク・千賀滉大投手、石川柊太投手が中日・吉見一起投手の引退登板をナゴヤドームのスタンドで見届ける 千賀「人としてのことを教えてもらえた最高の先輩です」
ソフトバンク・千賀滉大投手「『根尾君ならできるんじゃないか』とみんなが期待している。僕もその一人です」
千賀投手と吉見一起さんの素敵な関係性です。