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元中日スカウト・近藤真市さんが明かした、現役引退後に中日スカウトに就任した経緯

ドラフト会議

■2026.04.07 スポーツナビ




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「眠れない夜が続きました」スカウト1年目に犯した大失態 元中日スカウトが明かすドラフト秘話


 1994年限りで現役を引退した私は、1年間バッティングピッチャーをやらせてもらい、96年からスカウトになりました。きっかけは星野(仙一)さんです。95年の秋から高木守道さんの後を受けて監督に復帰されたのですが、「来年からはスカウトをやれ。いろんな野球を勉強せえ」と言われたのです。元々肩、肘を壊して引退した自分にバッティングピッチャーは厳しいものがありましたしね。おそらくですけど、当時チーフスカウトだった中田宗男さんが「近藤はスカウトにした方がいいです」という話しを星野さんにされたのだと思います。スカウトになったときに挨拶をしたら「スカウトになるのが1年遅かったな」と中田さんに言われましたから。

 当時はまだ27歳でスカウトの中では一番年下。何をしたら良いかも分からないなかで、初めて任された地区は地元の東海地区と縁もゆかりもない四国でした。私は生まれも育ちもプロに入ってからもずっと名古屋でしたから、「全然知らない土地に行って勉強しろ」という中田さんの親心だったのだと思います。中田さん自身もスカウト1年目は縁もゆかりもない中国・四国地方の担当だったそうですから。中田さんに教えられたのは「とにかく現場に足を運べ」ということ。とは言ってもネットもスマホもない時代です。乗り継ぎがうまくいかないこともよくありましたし、四国の移動は隣の県に行くにも何時間もかかりますから、その辺が一番大変でしたね。


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近藤真市さんが明かしました。

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