
■2026.01.15 中日スポーツ
[ドラニュース]【中日球団創立90周年】権藤博さん×谷沢健一さん レジェンド対談(上) ライバルと繰り広げた名勝負で『プロ』根付く#ドラゴンズhttps://t.co/HoYZ7NktLe
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■2026.01.15 中日スポーツ
【中日球団創立90周年】権藤博さん×谷沢健一さん レジェンド対談(上) ライバルと繰り広げた名勝負で『プロ』根付く
―2020年に亡くなった高木守道さんとは2人とも現役が重なる
権藤「選手として、二塁手として別格ですよ。肩は弱いんです。でも、捕ってからあっという間にボールが手を離れている。内野ゴロのカバーで必ずライトへいっている。それくらい、野球人なんですよ」
谷沢「思い出すのは王(貞治)さんの打席。王さんの好調時と不調のときはゴロで分かると言って一塁手の僕に『谷沢、もっと下がれ。投手にもベースカバーに来るように言っとけ』とか指示してくる。いっときは守道さんが内野から守備シフトのサインを出していた」
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権藤博さん「時代も違うんですよ。我々が投げてる時は、監督はみんな戦争帰りの人ばっかりなんですよ。弾をかいくぐって、帰ってきた人ばかりですから、投げて、次の日に『ちょっと、肘が痛い』と言ったら…」
権藤博さん「谷繁のリードが気持ち悪くなってきた。もうなんだか分からなくなってきた」 → それを聞いた谷繁元信さんは…
高木守道さんの思い出です。










