
■2025.11.27 スポーツナビ
松坂大輔の入団が中日にもたらした“6勝以上の価値”
— スポーツナビ 野球編集部 (@sn_baseball_jp) November 27, 2025
与田剛氏の監督就任に至った裏事情とは?
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■2025.11.27 スポーツナビ
松坂大輔の入団が中日にもたらした“6勝以上の価値” 与田剛氏の監督就任に至った裏事情とは?
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勝ち星以上の価値があった大輔の存在
背番号はあえて99にした。松坂と言えば「18」という声もあるかもしれないけれど、これが最後のチャンスだぞという意味で一番大きい99にした。あとは松坂の1年目は99番のユニフォームが売れるだろうし、ある程度結果を残して翌年に18に変えたらまたユニフォームが売れるだろうという、そういったそろばん的な狙いもないことはなかった(笑)。
球団は大輔を獲るということを少し簡単に考えていた部分があったと思う。キャンプ地は大輔見たさにお客さんで溢れかえって、人が動けなくなるほどの騒ぎになった。それで急遽規制ロープを張るなどして対応していたが、そういうフィーバーをまた中日スポーツや中日新聞が書く。それでまた多くのお客さんが連日集まった。背番号99の大輔のユニフォームも飛ぶように売れた。
オーナーがキャンプ地に来られたときに「すごいね、この人の賑わいは!」と喜んでくれた姿を今でも覚えている。その次に言った言葉が「これで勝っちゃったらどうすんの?」だったが(笑)。「いやそれが仕事ですから(笑)。狙いはそこですので、何とか勝たせるようにしますよ」と私も言ったけれど。
大輔には「5イニング投げられないと先発では使わない。そこを必死に目指せ」と言ってあった。それでも3年間ほとんど投げていない大輔に5イニングは長いだろうなとは思ったし、1、2勝してくれれば御の字と考えていた。それが全く想定外の6勝もしてくれた。
投げているボールは全盛期を知っている者が見たら「これがあの松坂の真っ直ぐなのか……」と思う、チェンジアップでも投げているかのようなボールだった。それでも一生懸命スライダーとフォークを投げ分けて必死に抑えていた。その姿に若い連中も感じるものはあっただろう。
結果的に中日のユニフォームを着たのは2年間だけで、翌シーズンは0勝に終わった。だけど大輔がチームにもたらしたものは六つの勝ち星以上の価値があったと私は思っている。それは野球に対する姿勢であり取り組み方などの部分。やっぱり甲子園のスーパースターでプロ1年目から大活躍して、メジャーでも活躍した『松坂大輔』だ。それはもう他のピッチャーにはできない、全然違ったものを若い連中に見せてくれた。
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