
■2025.06.20 RadiChubu-ラジチューブ
「この世界ではやっていけん」川上憲伸、東大選手に被弾!明大デビュー戦の衝撃
東大戦でまさかの被弾
そんな厳しい環境の中、1年生の春のリーグ戦、東京大学戦の2回戦の6回からリリーフとして六大学のマウンドに上がりました。
「嬉しかったんですよ。まずメンバーに入れたのは」と喜びを語る一方、「1年生、多分僕、ピッチャーでひとりしかいなかった」という状況で、プレッシャーも相当なものだったようです。
川上さんは、そのデビュー戦でいきなり東大の左バッターにホームランを浴びてしまいます。
「うわーと思って。東大ってやっぱり、僕がイメージしている中では、バットにすら当たらないだろうって。ホームランなんてって」
こんな先入観があっただけに、ショックは大きかったといいます。
「正直、これはこの世界でやっていけんなと思いました」と、当時の絶望感を明かしました。
後に判明した真実
今年4月の東京六大学野球100周年記念イベントで、慶応大学出身の高橋由伸さんとトークイベントに出演した川上さん。そこで意外な事実が判明します。
高橋さんから「4年生の北村さんに憲伸、打たれたよね。あれ俺、スタンドで見てて、すごく印象に残ってるんだよ」と言われたのです。
「他の人はそういう目で見てくれてたんだ。1年生でどんなピッチャーがいるんだろうって」
当時は気づかなかった同期のライバル意識を知り、「答え合わせができて良かった」と振り返りました。
悔しさがもたらした成長への決意
出鼻をくじかれた形とはいえ、大抜擢の登板でした。
この経験について、川上さんは「どの世界もやっぱり、そんなスムーズに順調には思い通りいかない」と語ります。
「1年生の野球以外の仕事も多かったですけど、もっともっと練習しなきゃっていうか。こんなままだと、もうワンチャンスで終わってしまう。もう1回チャンスの時は絶対なんとか結果出すんだって」
東大のバッターに打たれたことへの悔しさと、このままでは徳島に大きな顔をして帰れないという故郷への思いも、原動力になったといいます。
東京六大学野球時代の輝かしい成績の最初は、まさかの被ホームラン。この始まりが、後の大投手・川上憲伸を作り上げたのかもしれません。
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ラジオ解説中の川上憲伸さんの“驚きの行動”が明かされる
2006年、川上憲伸さんの完全試合の記録が途絶えた時に当時の中日・落合博満監督は…
川上憲伸さんが明かしました。