■2024.07.03 中日スポーツ
松本開催の“ほっこり話”…球場と名門・松商学園が地域で育む野球愛 中日・上田コーチも歴史の1ページに#龍の背に乗って #セキスイハイム松本スタジアム #上田佳範https://t.co/L7Kmf4Ph93
— 中日スポーツ (@chuspo) July 3, 2024
■2024.07.03 中日スポーツ
松本開催の“ほっこり話”…球場と名門・松商学園が地域で育む野球愛 中日・上田コーチも歴史の1ページに
上田コーチ自身もその歴史の1ページである。この球場が全面改修されたのは1991年。球場開き(6月22日)はセンバツで準優勝した松商学園と松本深志高の一戦だった。その試合で「球場第1号」を打ったのが投打二刀流の上田コーチだった。記念のバットは今も球場玄関を入ったところで飾られている。
「そうそう。緩い球を引きつけて右中間にね。僕は次の年にプロでもこの球場で投げているんですよ。2軍戦でしたけど、やはり巨人戦。僕にとって最初で最後の勝ち投手でした」
92年8月15日。先発して5イニングを1失点に抑え、凱旋(がいせん)星を飾っている。1年限りで野手に転向。その7年後に、今度は松本球場初のナイターで、先発出場している。
この日、球場で話を聞いた若手の職員は「僕が生まれる前」なのに展示されている金属バットのことを知っていた。「僕も松商の野球部なんですが、上田さんは必ずオフにここで野球教室を開いてくださってますから」。生まれた街を大切にする上田コーチにとって、この勝利が何よりの恩返しとなったはず。
「選手たちのおかげで、お世話になった方々にいい試合を見せられて本当に良かったです」。地方開催ならではのほっこりする話。笑顔で松本を後にしていた。
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