■2026.08.25 RadiChubu-ラジチューブ-
中日OB・吉見一起が振り返る。初めて悔しいと思った高2の夏
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この人には勝てない
高2になって迎えた春季大会では、またしても上宮太子にコールド負け。
その年の夏、10番だったひとつ上の先輩にエースナンバーを取られてしまったそうです。
この先輩は京都学園大学でノーヒットノーラン、敢闘賞、ベストナインと活躍し、大学生・社会人ドラフトで広島東洋カープに入団した梅原伸亮さん。
吉見「梅原さんがすごい成長して球が速くなったんです。目で見てうわっ速いなと思うぐらい」
この頃には吉見さんの球速も140キロ出ていたそうですが、梅原さんはそれを上回る成長。
吉見「勝てないと思いました。で、背番号10番でした」
まさかの先発
2年生の夏、甲子園をかけた1回戦は寝屋川球場で行われました。相手は強い大阪産業大学付属高校(大産大付属)。
吉見「当然梅原さんが投げると思ったら、まさかの吉見一起先発ですよ」
結果は9対11で負け。
吉見「吉見一起、9回11失点完投。なんで変えへんの?と思いながら投げてました」
若狭「梅原さんの夏、どこ行った?」
吉見「そうなんですよ。そこはなんでかはわからない。監督さんの考えがあったんでしょうね」
初めて思った
吉見「すぐ新チームになるじゃないですか。その悔しい気持ちが僕をめちゃくちゃ成長させてくれました」
背番号を貰うもののわけもわからず終わった1年生の夏。秋に自分のワイルドピッチで負け。2年の春は上宮太子にコールド負け。ここまでは負けても特に何も思わなかったそうです。
ところが2年の夏の大会で初めて「悔しい」と思ったという吉見さん。
吉見「恥ずかしいし悔しいなと思った。まず梅原さんに申し訳ないと思ったんです。それがひとつのきっかけではありました」
若狭「だって先輩の夏を終わらせてんだもん」
吉見「しかも投げずで。逆だったらふざけんなですよ」
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元中日スカウト・米村明さん、現役引退決断前の吉見一起さんに伝えたことを明かす
吉見一起さん、高校時代は「ここでは言えないけどめちゃくちゃあったんです。1回野球辞めようと思いましたもん。本当に理不尽だらけだと…」
当時のことを明かしました。










