
■2026.01.24 CBCラジオ
『若狭敬一のスポ音』

…
若狭アナ:
2025年、去年の7月です。
右肩関節唇形成手術を行いました。
去年のオフは1000万円ダウンの推定年俸400万円で契約、育成選手となりました。
背番号は211番です。
梅津投手を待っている、ひたすらずっと待っているというファンもいるでしょうし、
一方で「もう厳しいんじゃないか?」と思っているファンもいると思います。
今、本人はどんな気持ちなのか、ここに至るまでどんな思いだったのか、
ナゴヤ球場で話を聞くことができました。
まず現状報告です。
「今はどんなメニューをしているんですか?」と聞きますと、
梅津:
ウォーミングアップ、モビリティ、ランニング、肩のリハビリエクササイズ、
そしてキャッチボールまでです。
まだまだね、ブルペンに入ったりとか、遠投とか、ノックを受けたりとか、
そういうことはしていません。
15mを20球、20mを20球、25mを20球、
キャッチボールもそこまでで終わりです。
トータル60球で終わり。
最長25mで終わりです。
と。
「力の入れ具合は?」と聞きますと、
梅津:
3割くらいですね。
と話していました。
「肩はどうですか?」、
梅津:
投げ始めた当初は正直、肩に違和感がありましたが、
投げるのが最大のリハビリなので、投げるたびに可動域が広がって、
違和感が減ってきています。
と明るい表情でした。
「キャンプは読谷のいわゆるリハビリ組だと思うんですがどんな予定ですか?」、
梅津:
リハビリの延長だと思います。
キャッチボールの距離が今より少し伸びたり、強度が少し増したりする程度だと思います。
ひょっとしたらノックに入れるかもしれません。
と。
したがって、それこそね「キャンプ見に行くぞ!」「私は梅津ファンだ」「推しが梅津だ」という人は読谷球場に行くと思いますが、
ブルペンに入るとか、バッティングピッチャーをするとか、シート打撃に登板するとか、
ましてや試合で投げるということはありません。
きっと読谷球場で黙々とランニングをしたり、キャッチボールをしたり、
順調に回復していればノックを受けたり、
そういう姿しか見られないと思います。
「実戦復帰のメドはどうですか?」と聞きますと、
梅津:
トミー・ジョンの時と同じくらいと言われています。
と言われ、結構、私はドキッとしました。
かなりかかるなと。
梅津:
だから1年2ヶ月くらいですね。
去年の7月に手術をしたので、今年の9月だと思います。
ただ右肩の手術の時に右の半腱様筋、
これは太もも裏のハムストリングの筋肉なんですが、
その筋肉を肩に移植していて、
下半身の左右差があるので、もう少しずれ込むかもしれません。
そうなると今年中の実戦復帰が難しくなるかもしれません。
そもそもトミー・ジョン手術の復帰確率はほぼ100%なんですが、
この右肩の手術は100%じゃないんです。
とも話してくれました。
肘の手術で1年2ヶ月、
今度は肩の手術でまた1年2ヶ月、しかも復帰できる確率は100%じゃない。
この右肩の手術に踏み切るまでの本音を聞きました。
梅津:
正直、手術に踏み切るまで物凄く時間がかかりました。
まず現実を受け止められない自分がいました。
色々な声がありました。
「その年齢で、その手術は絶対やめたほうがいい」という意見もありましたし、
「手術したほうがいいよ。復帰待ってるよ」という声もありました。
どれもありがたかったんですが、
みなさん、当然、自分のこともありますし
スタッフに声をかけられたり、現役選手に声をかけられたり、OBに声をかけられたり、知り合いに声をかけられたり、
色々声をかけられたんですが、
みなさん、それぞれ自分のこともありますし、
そこまでじっくり話すことはなかったです。
と。
したがってね、深く長く真剣に腹を割って話したのは1人だけ教えてくれました。
梅津:
じっくり話せたのは妻だけです。
と。
「奥さんはなんと言ってました?」、
梅津:
何か意見を言うとか、
その強いメッセージ、言葉を言うというよりも、
じっくり聞いてくれた感じです。
気持ちを妻に話しているうちに自分の考えも整理され、
自分の奥底にある本音の本音と言うんですかね、
その本当の奥底に眠っている正直な気持ちに行き着くことができました。
物凄く時間がかかりましたが、今はすっきりしています。
と。
「その奥底にある本音の本音というか、そのを色々なことがあってつらい思いをして、信頼できるパートナーと話をしていって出てきた、その思いというのは、どういうことだったんですか?」と聞くと、
梅津:
「野球がやりたい」という凄くシンプルな思いでした。
野球をやるには手術しかない。
そこにかけなかったら死んでも死に切れないと思ったんです。
100%復帰できるかどうかは分かりませんが、
もし復帰したら物凄い景色が見られると思うし、
きっと待ってくれているファンの方にも喜んでもらえると思っています。
もしダメならそれはそれで全部経験と思えるようになりました。
きっと人はつらい経験はしないほうがいいと思いますが、
つらい経験をしたからこそ分かることもあるでしょうし、
はたから見たら「なにあいつはまだもがいているんだ」と思うかもしれませんが、
「もがくのも経験」、そう思えるようになりました。
今は復帰というレールを真っすぐ進んでいる感じです。
と。
そう話してくれました。
当然ですが、いつの日か梅津晃大というプロ野球選手はいなくなります。
これはもうみんなが通る道です。
それが遠い先なのか、物凄く近い将来なのかは分かりません。
でも梅津晃大という1人の人間の人生はまだまだ長い。
ユニフォームを脱ぐ日、別の仕事に就く日、ひょっとしたらパパになる日もあると思います。
そんな長い人生の中で今回の本当は経験しないほうがいいような経験が生きてくることがきっとあるはずだよなと僕は話を聞きながら思いました。
いつか梅津投手が例えばパパになって、
「そうか、つらいか。先が見えないか。そりゃ諦めたくなるよね」なんて子供に話しかけることがあって、
「でも、パパはね、物凄く、つら時にね、ママとじっくり話をしてね、自分の本音に気づいたんだ」、
「その日からね、誰に何と言われようと真っすぐ目標に向かっていけたんだよ」という、
そういう言葉をきっと言えると思うし、
その今のつらい経験があるからこそ、
その言葉に物凄く重みが出てくると思うんですよね。
受け入れるまで長い時間がかかる経験をし、
信頼できる人と深く話し、本音に行きつき今は前を向いている。
そんな梅津投手を私は応援したいと思います。
『若狭敬一のスポ音』

明日の「スポ音」コラムは「右肩を手術し、育成契約になった梅津晃大投手に本音を聞いてみた」と題して語ります。松葉貴大投手の自主トレの様子も。そして、ついに川上憲伸さんの今年のキーマンが明らかに。お楽しみに!
— 若狭敬一のスポ音 (@cbcspoon1053) January 23, 2026
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若狭アナ:
2025年、去年の7月です。
右肩関節唇形成手術を行いました。
去年のオフは1000万円ダウンの推定年俸400万円で契約、育成選手となりました。
背番号は211番です。
梅津投手を待っている、ひたすらずっと待っているというファンもいるでしょうし、
一方で「もう厳しいんじゃないか?」と思っているファンもいると思います。
今、本人はどんな気持ちなのか、ここに至るまでどんな思いだったのか、
ナゴヤ球場で話を聞くことができました。
まず現状報告です。
「今はどんなメニューをしているんですか?」と聞きますと、
梅津:
ウォーミングアップ、モビリティ、ランニング、肩のリハビリエクササイズ、
そしてキャッチボールまでです。
まだまだね、ブルペンに入ったりとか、遠投とか、ノックを受けたりとか、
そういうことはしていません。
15mを20球、20mを20球、25mを20球、
キャッチボールもそこまでで終わりです。
トータル60球で終わり。
最長25mで終わりです。
と。
「力の入れ具合は?」と聞きますと、
梅津:
3割くらいですね。
と話していました。
「肩はどうですか?」、
梅津:
投げ始めた当初は正直、肩に違和感がありましたが、
投げるのが最大のリハビリなので、投げるたびに可動域が広がって、
違和感が減ってきています。
と明るい表情でした。
「キャンプは読谷のいわゆるリハビリ組だと思うんですがどんな予定ですか?」、
梅津:
リハビリの延長だと思います。
キャッチボールの距離が今より少し伸びたり、強度が少し増したりする程度だと思います。
ひょっとしたらノックに入れるかもしれません。
と。
したがって、それこそね「キャンプ見に行くぞ!」「私は梅津ファンだ」「推しが梅津だ」という人は読谷球場に行くと思いますが、
ブルペンに入るとか、バッティングピッチャーをするとか、シート打撃に登板するとか、
ましてや試合で投げるということはありません。
きっと読谷球場で黙々とランニングをしたり、キャッチボールをしたり、
順調に回復していればノックを受けたり、
そういう姿しか見られないと思います。
「実戦復帰のメドはどうですか?」と聞きますと、
梅津:
トミー・ジョンの時と同じくらいと言われています。
と言われ、結構、私はドキッとしました。
かなりかかるなと。
梅津:
だから1年2ヶ月くらいですね。
去年の7月に手術をしたので、今年の9月だと思います。
ただ右肩の手術の時に右の半腱様筋、
これは太もも裏のハムストリングの筋肉なんですが、
その筋肉を肩に移植していて、
下半身の左右差があるので、もう少しずれ込むかもしれません。
そうなると今年中の実戦復帰が難しくなるかもしれません。
そもそもトミー・ジョン手術の復帰確率はほぼ100%なんですが、
この右肩の手術は100%じゃないんです。
とも話してくれました。
肘の手術で1年2ヶ月、
今度は肩の手術でまた1年2ヶ月、しかも復帰できる確率は100%じゃない。
この右肩の手術に踏み切るまでの本音を聞きました。
梅津:
正直、手術に踏み切るまで物凄く時間がかかりました。
まず現実を受け止められない自分がいました。
色々な声がありました。
「その年齢で、その手術は絶対やめたほうがいい」という意見もありましたし、
「手術したほうがいいよ。復帰待ってるよ」という声もありました。
どれもありがたかったんですが、
みなさん、当然、自分のこともありますし
スタッフに声をかけられたり、現役選手に声をかけられたり、OBに声をかけられたり、知り合いに声をかけられたり、
色々声をかけられたんですが、
みなさん、それぞれ自分のこともありますし、
そこまでじっくり話すことはなかったです。
と。
したがってね、深く長く真剣に腹を割って話したのは1人だけ教えてくれました。
梅津:
じっくり話せたのは妻だけです。
と。
「奥さんはなんと言ってました?」、
梅津:
何か意見を言うとか、
その強いメッセージ、言葉を言うというよりも、
じっくり聞いてくれた感じです。
気持ちを妻に話しているうちに自分の考えも整理され、
自分の奥底にある本音の本音と言うんですかね、
その本当の奥底に眠っている正直な気持ちに行き着くことができました。
物凄く時間がかかりましたが、今はすっきりしています。
と。
「その奥底にある本音の本音というか、そのを色々なことがあってつらい思いをして、信頼できるパートナーと話をしていって出てきた、その思いというのは、どういうことだったんですか?」と聞くと、
梅津:
「野球がやりたい」という凄くシンプルな思いでした。
野球をやるには手術しかない。
そこにかけなかったら死んでも死に切れないと思ったんです。
100%復帰できるかどうかは分かりませんが、
もし復帰したら物凄い景色が見られると思うし、
きっと待ってくれているファンの方にも喜んでもらえると思っています。
もしダメならそれはそれで全部経験と思えるようになりました。
きっと人はつらい経験はしないほうがいいと思いますが、
つらい経験をしたからこそ分かることもあるでしょうし、
はたから見たら「なにあいつはまだもがいているんだ」と思うかもしれませんが、
「もがくのも経験」、そう思えるようになりました。
今は復帰というレールを真っすぐ進んでいる感じです。
と。
そう話してくれました。
当然ですが、いつの日か梅津晃大というプロ野球選手はいなくなります。
これはもうみんなが通る道です。
それが遠い先なのか、物凄く近い将来なのかは分かりません。
でも梅津晃大という1人の人間の人生はまだまだ長い。
ユニフォームを脱ぐ日、別の仕事に就く日、ひょっとしたらパパになる日もあると思います。
そんな長い人生の中で今回の本当は経験しないほうがいいような経験が生きてくることがきっとあるはずだよなと僕は話を聞きながら思いました。
いつか梅津投手が例えばパパになって、
「そうか、つらいか。先が見えないか。そりゃ諦めたくなるよね」なんて子供に話しかけることがあって、
「でも、パパはね、物凄く、つら時にね、ママとじっくり話をしてね、自分の本音に気づいたんだ」、
「その日からね、誰に何と言われようと真っすぐ目標に向かっていけたんだよ」という、
そういう言葉をきっと言えると思うし、
その今のつらい経験があるからこそ、
その言葉に物凄く重みが出てくると思うんですよね。
受け入れるまで長い時間がかかる経験をし、
信頼できる人と深く話し、本音に行きつき今は前を向いている。
そんな梅津投手を私は応援したいと思います。
中日・清水達也「いんっっ!!!」 梅津晃大「(笑)」【動画】
中日球団は「復帰までサポート」 中日・梅津晃大が球団への感謝を語る
梅津投手の思いです。










