
■2025.04.15 webスポルティーバ
「僕にとっては憧れであり、尊敬する存在」
— 集英社スポルティーバ (@webSportiva) April 15, 2025
中日ドラゴンズ・ブライト健太が「4月15日は特別な一日」と語る理由と「背番号42にこめた思い」 とは? https://t.co/lFRMSyy96e
■2025.04.15 webスポルティーバ
【プロ野球】中日・ブライト健太が「4月15日は特別な一日」と語る理由と「背番号42にこめた思い」
【大学で背番号42を着けなかった理由】
ただ、その映画より先に、ブライトが野球に関心を持つようになったのは、父の影響だった。ブライトはこう話す。
「小さい頃から父とよくキャッチボールしていました。本当に楽しくて、大切な時間でした。家の近くの公園で、柔らかいボールと軽いバットを使ってよく遊んでいました。よく父がボールを投げてくれて、それを打っていました。一緒にバッティングセンターにも行きました。父は野球をやったことがなかったのですが、バッティングは意外と力強かったです(笑)」
ブライトは東京都足立区の少年野球チームに入り本格的に野球を始めたが、父とロビンソンの映画を見て、新たな感動を受けたという。
「ジャッキーさんの姿勢がとても印象的でした。ヤジに対して、感情的になるのではなく結果で見返すという強さ。自己管理や自律という部分でも尊敬できる方で、ジャッキーさんの姿を見て、僕も頑張ろうと勇気をもらいました」
都立葛飾野高から上武大に進学後も野球を続けたが、当時は背番号42を着けることはなかった。その理由について、ブライトはこう語る。
「大学で42番を着けるのは、自分のなかでなんか違うな……と思ったんです。着けるなら、やっぱり最高峰の舞台である『プロで!』と思っていました。それがジャッキーさんに対する最大の敬意だと思っていましたし、僕のモチベーションにもなっていました」
その夢が叶ったのは、2021年10月11日のドラフト会議だった。ブライトは中日から単独1位指名を受けたのだ。憧れの背番号42は空き番になっていたため、迷わず選んだ。
しかも中日のユニフォームは、青地の「Dragons」のロゴ、赤色の背番号と、ドジャースのユニフォームによく似ている。練習中にそのユニフォームを着たブライトを見たある人が、「ロビンソンのようだ」と言ったこともあったという。その話を聞いたブライトは、笑顔を見せた。
「光栄です。そう言ってもらえるのは、本当にうれしいです。ちょっと縁を感じますね」
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中日・ブライト健太がインタビューを受けていると…【動画】
中日ドラゴンズ『中田会』が行われる!!!
ブライト選手が明かしました。